子供の自殺は大人のせい
ひどい話で、昨年の小中高生の自殺者数が500人以上だという。
この数は役人お得意の統計マジックでごまかしているだろうから、実際はもっと多いハズだ。
どうなっているのかこれは。
僕は自殺を否定しないけれど、何も知らん小中高生が死を選ぶと言うのは、判断が早すぎる気がする。
この背景には何があるのか。
気になることがある。
地元の子供たちの中に、自分から発言することができない子供がいる。
例えば、のどが渇いた水が飲みたいとか、トイレに行きたいとか、勉強がわからない教えて欲しいとか、すごく些細なことさえも自分から言い出すことができず、
相手に気が付いてもらうのを待つような子供。
こうなってしまったのは、周囲が無理解とか、子供が安心して発言できる環境にないとか、外的要因もあるだろうが、
内因的な要因としては、自分が発言することで誰かを心配させたり迷惑をかけたりするんじゃないかと言う思い込みがある気がする。
これは、コロナで改めて顕著になった「不安で支配されている日本」を感じ取った子供たちの心の奥底に、不安感情が大きく広がったせいではなかろうか。
もちろんコロナだけではなく、衰退する国家の中から脱することも抗うこともできず、危機的な世界情勢のなかで、少ない牌を奪い合うような大人たちや、何もできず自分で考えず、無能な御上にただ従うだけの奴隷社会がベースにある。
コロナのせいにしてはいけない。もともとこの国は不安感でいっぱいなのだ。
大人たちこそ不安に支配されまくりでマスクすら外せず、それが子供たちに伝染しているのだ。
子供の自殺が多いのは、ショボすぎる大人たちのせいなのだ。
今後、小中高生の自殺者数は減るかも知れないが(ようするに不安を抱えて生きることが安定化するから)、減ること=子供が楽しく生きている と言うことではなく、
いつ暴発するか分からない爆弾が増え続けると言うことである。
いや、言い換えれば、爆発することもない湿気た爆弾が増え続けるとも言える。
いずれにしても、我々大人たちのダメさが子供たちの不幸を作っていることは明確であり、
そんな大人の一員である僕にできることは、人と違う生活を送り、人前でどんどん発言し、悪習に立ち向かい、そしてマスクを捨てることである。
無学無教養無収入な僕にできることは、ただ自分のボロボロの生き方をさらして、それでも人は自由に生きていいことを示すことだと思っている。
少なくとも僕が預かっている子供たちには、その姿勢を見せ続けたい。
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