山だから危険なのか

山での事故報道があるたびに、もっと専門的な知識、訓練を積むべき、安全管理を徹底すべきみたいなことを言う人がいますが、僕はそれだけではないように思います。

これまでの経験から、山や海で危険な目に合う人、事故を起こす人は、日常生活からリスクに気が付かないタイプの人ではないかと考えています。

写真を見て下さい。これは、ある作業場に設置された簡易的な台所ですが、この風景を見て何か危ないと感じるものはあるでしょうか。

僕は次のことが気になります。

・フライパンの柄の部分が導線にはみ出ている
・包丁の柄がはみ出ている
・火の上に木べらと鍋の柄があり燃えそう
・足元に物が散乱し躓く
・窓が開いておらず換気が悪い

などです。

あなたの身近にもこういうリスクはあるはずです。

もしこれらのリスクに気が付いていないのであれば、あなたは誰かによって守られているし、偶然の産物として生きている可能性があります。

(自分で話の腰を折るようですが、究極的に人の生は偶然の産物だとは思いますが)。

さて、このような身近な危険性に気が付かない人に、いくら山での専門的な知識を教えても、その教えられたケースについては覚えるかも知れませんが、応用はきかないでしょう。だって、そもそも危険だと感じる(考える)センサーが鈍いんですから。

ですから、山や海などの自然界に入り込むアクティビティをしたいと思う人は、まず、専門的な勉強をする前に(もしくは同時進行で)、

日常の影に潜むリスクにもっと意識を向けるべきです。

山や海、自然界だけが危険と言うことはないのです。むしろ日常生活の中にこそ、予期せぬリスクが潜んでいる。

僕は比較的危険な環境で仕事や鍛錬をしているので、時折そこに素人さんがやってくると、この人はケガするな、この人は大丈夫そうだな、と言うのが見て取れます。

海だから危ない、山だから危ないのではないのです。

日常から危なっかしい行動をしているから、山でも海でも危ないのです。

もし、あなたがそう言う危ないタイプの人ならば、いまこうして生きていられるのは、ラッキーなだけではないか。

そして危なっかしい人の基準で、アウトドアアクティビティの安全管理を徹底しなければならないのであれば、もはや入れるフィールドは存在しないでしょう。

逆に日頃から注意深い人は、山でも同様に注意深いハズです。

自然界での死亡事故を、不幸な出来事と言っても何の慰めにもなりません。

今日からあなたがすべきことは、日常から危機察知センサーを高め、偶然に支配されないいよう、そして自分の明瞭な意識で生き続けることです。

あなたが明日も元気で過ごせることを祈っています。

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